酵母が織りなす自然の力
ヴァン・ナチュールには欠かせない基本があります。それはマニュアルで定義できるような単純なものではなく、すべての始まりは目に見えない「酵母」にあります。
現在、ほとんどのワイン醸造家(99%以上)が袋入りの粉末酵母を使用しています。これを使えば、「シャルドネのような風味」や「バナナやスグリの香り」を思い通りに引き出せるうえ、発酵も短期間で完了します。しかし、残りの1%の生産者は、自分の土地に自然に存在する酵母を用います。これはリスクを伴いますが、その分ワインに個性と奥深さをもたらします。自然酵母の性質は、貯蔵庫やブドウ畑、さらにはその年の気候やテロワールによって異なるからです。
ローヌ地方の小さなワイナリーを営むジャン・ダヴィッドは、「創造する喜びを忘れたくない」と語ります。一方、ラングドック地方のベルナール・ベラーザンは、ワインを「その土地とその年が作り出す、世界に一つだけの作品」と表現します。
近年、発酵食品(ソーセージ、チーズ、お茶など)でも、自然発酵に頼ることはほとんどありません。無菌化が進みすぎた結果、発酵が起こらないのです。その代わりに人工的な薬剤が使われ、大衆向けの「わかりやすい」味付けが施されています。この影響で、ワインの持つ豊かで複雑な世界は埋もれ、どれも同じような味わいに感じられる危険性があります。
こうした背景から、ヴァン・ナチュールの生産者たちはAOP(原産地呼称保護)を拒否し、「ヴァン・ド・フランス」のラベルを掲げることで、規格化への抵抗を示しています。彼らが目指すのは、「自生酵母」の繊細な力を活かし、その力をさらに引き出すことです。
例えば、シャンパーニュ地方のアンセルム・セロスは、自身の醸造所でユニークな工夫を凝らしています。搾汁したブドウの泡(酵母が最も活発になる部分)を再び樽に戻し、酵母の力を活かします。また、樽同士が影響を与え合わないよう、カーヴ内に仕切りを設けるなど、細部にまで配慮が行き届いています。道具の洗浄も一つ一つ丁寧に行われ、それぞれの樽の特徴が失われないよう徹底しています。
さらに多くの生産者は、気温が低い時期に仕込みを始めます。特定の花系酵母が低温で活発に働き、複雑な味わいを生み出すためです。こうしてすべての工程を丁寧に進めた後は、ワインがその可能性を最大限に発揮できるよう、時間をかけて成熟を待つのです。