ボジョレの知られざる名手 クリスチャン・デュクリュ
ボジョレとナチュラルワインの潮流
ナチュラルワインの聖地・ボジョレでは、1980年代後半、「マルセル・ラピエール』を筆頭に「モルゴンのギャング・オブ・フォー」と呼ばれる4人の生産者が注目を集めていた。
その頃、彼らの拠点からわずか5kmのレニエ地区(ボジョレの10のクリュのひとつ)で、ビオディナミ栽培とSO2無添加(サンスフル)の醸造に取り組んでいた人物がいた。それが、クリスチャン・デュクリュだ。
クリスチャン・デュクリュという生産者
ランティニエ村にドメーヌを構えるクリスチャン・デュクリュは、長年にわたり高品質なワインを造り続けているが、日本ではほとんど知られていない。筆者も2013年に紹介されるまでその存在を知らなかった。しかし、その時に飲んだ**「パションス 2011」**は、これまで出会った中で最もエレガントなガメイだった。
例えば、「マルセル・ラピエールのモルゴン」がベリー系の果実味が弾けるように生き生きとしているのに対し、デュクリュの「パションス」は、繊細な織物のようにしっとりとまとまり、控えめながらも深い余韻を持つワインだった。
独自の哲学と静かな存在感
デュクリュはデメーター認証を持つが、一般的なナチュラルワインの試飲会(ルネサンス・デ・ザペラシオンやディーヴ・ブテイユ)には参加しない。その理由を尋ねると、彼は「大々的に売るほど本数がないんでね」と微笑む。その姿は、オレンジのTシャツとゆったりした赤いズボンが印象的で、まるでタイの修行僧のような優雅さを感じさせた。
自然と共生するワイン造り
デュクリュの畑は4.3ha。かつては7.5haあったが、1985年にビオディナミへ転換する際、管理が行き届くようにと約半分を手放した。現在、彼は双子の雌馬「カイナとエヴァン」とともに畑を管理し、20年前から馬による耕作を導入している。
「馬での耕作は土を踏み固めず、地中の微生物の活動を活発にする。そして、それが野生酵母の働きを促し、より土地の個性を反映したワインが生まれる」と彼は語る。さらに、馬が動きやすいように7畝のうち2畝のブドウを抜き、バラの木を植えている。これは、馬が折り返す際にトゲを避けるためで、ブドウの樹も傷つかずに済むのだ。
また、7年前から牡牛のコッケを仲間に加えた。牛の歩行スピードは馬の半分で、土への負担が少ないと考えたためだ。しかし、コッケは仕事を覚えず、美味しい湧き水ばかり飲んでいるため、今では耕作ではなく堆肥を供給する役割を担っている。
受け継がれる伝統と独自の試行錯誤
デュクリュ家は代々ブドウ栽培農家で、彼の父もかつては自然栽培をしていた。しかし、1960年代には周囲の流れに従い、化学肥料や除草剤を使用するようになった。1970年に家業を継いだクリスチャンは、徐々に自然栽培へと戻し、10年後には完全な有機栽培に転換。そして、やがてビオディナミを導入し、デメーター認証を取得した。
彼の畑では、桃や栗などの木と果実の木を一緒に植えることで植物の多様性を生み、病気の集中を防ぐ。また、病害虫対策には対症療法的な手段ではなく、生態系を活用する方法を採っている。バラを植えるのも、ブドウより先に病気の兆候を察知するためだ。
ワイン造りの革新
デュクリュのセラーは1830年代のバスケットプレスや1970年代のセメントタンクを使用する、伝統を重んじたもの。しかし、醸造方法においては独自の試行錯誤を重ねている。
通常のセミ・マセラシオン・カルボニックでは炭酸ガスを注入して発酵を促すが、彼は異なる手法を開発。3〜4日前にプレスした果汁をスターターとして加えることで発酵を自然に進める。これにより、セミ・マセラシオン・カルボニックのフレッシュさを残しながら、より伝統的な味わいのワインを造ることができる。
「モルゴンの人たちのやり方を真似ても全くうまくいかなかった。5km離れるだけでテロワールが違うと気づき、そこからは自分の畑を観察し、ブドウの声を聞くようになった」と彼は語る。
ワインと人生に対する姿勢
彼が造るワインには4種類のキュヴェがある。
プロローグ(ヌーヴォー的な位置付け)
エスキス(ロゼ)
エクスペクタティアン(元AOCレニエ)
パションス(約3年熟成)
試飲した「プロローグ 2012」は、優しいフランボワーズの香りとマッシュルームのような土の香りが特徴で、塩味のあるミネラル感と柔らかい口当たりを持つ、誠実な味わいだった。テイスティングには11歳の息子レオも加わり、少しずつ味わっていた。子供でも飲めるほど、ナチュラルなワインなのだ。
真のナチュラルワインの探求者
デュクリュには金儲けや名声への執着はなく、ただワインと真摯に向き合っている。その姿はまさにUnsung hero(縁の下の力持ち)。
「ワインとは何か、まだ探している最中だけど、自分のワインを好きだと言ってくれる人がいるだけでいい」と語る彼に、好きな生産者を尋ねると、ワイリップ・ジャンボン、パトリック・ブージュ(ドメーヌ・ド・ラ・ボエーム)、そしてボージョレの新星ジュリー・バラニーの名を挙げた。
「シャトーと付いているから美味しいとは限らないよ」
彼の言葉とワイン造りの哲学は、自然と真摯に向き合う姿勢そのものだった。